Sunday, March 29, 2009

愛とはかくも難しきことかな28

着替えを持って脱衣所に行こうとしたら、待ち伏せしていたらしい双子が待ち構えていた。
廊下の壁に向かい合わせにもたれ掛かって立っていたので、真ん中を素通りしていこうと思ったら嫌みのように長い足が萌の足をひっかけるようにぱっと邪魔してきた。
半分予想できていたために、転ぶことはなかったけれど、胡乱な目で睨みつける。すると彼等にも睨み返された。よくよく見てみると一人の頬には大きな痣がついていた。昨晩克巳さんにやられた跡なんだろうか。
「どこ行ってたんだよ」
苛立たしげにそう言われて眉を潜める。
「お二人には関係ないと思います」
そう言って、横を通りすぎた。と思ったら服の襟を掴まれて、二人の間に戻された。
「もうっ、なんなんですか!」
「なんで男物の服を着てんだ!」
「一晩中ドレスを着てろって言うんですか?!」
「これ、優成兄の服じゃないな。誰のだ」
なんで優成さんの服のことまで把握してるんだこの双子は。というか、何なんだ一体。
「もしかして、泊まった先でやってきたんじゃないだろうな」
「化粧も落としてるし、髪の毛も洗ってきたみたいだし」
「はーなーしーてっ!」
何故か全身チェックをしだした二人から逃れるべく身を捩ったけれど、二対一では身動きが取れない。この家で唯一の頼みの優成さんは未だ帰ってきていないみたいだし、トメさんは食事の用意をしに風呂場から一番遠いキッチンに行ってしまったし。このまま二人に脱衣所に連れ込まれてしまったら、と顔を青くしているとふっと影が落ちた。
「あっ」
「痛っ!」
ゴン、ゴンと拳が頭に落ちる音がして双子が悲鳴を上げた。萌も一緒に驚いて顔を上げるとしかめ面した克巳さんが立っていた。
「手を出すなって、言ったよな」
「げっ、克巳兄」
長兄の出現に双子は慌てたように萌の腕を離し、そして舌打ちを残してばたばたと去っていった。この間殴られたのが相当効いたらしい。いい気味だ。
「大丈夫?」
さりげなく肩に手を回してこようとしたので、ぷいっと顔を背けて距離を取った。
「助けてもらったことは感謝してます。でも嘘つきな人は馴れ馴れしく話しかけてこないで下さい」
「何で怒ってるの?嘘つきって?」
意味が分からない、という顔で尋ねられてかっと怒りで顔が赤くなった。
「……っ、もういいです」
どうせ私が馬鹿なのだ。御堂の父が心配してくれるなんて甘言でころっと騙されてしまったりして。独り立ちしようなんて決心しておきながら、御堂の父に心配してもらいたいなんて思ってた私が愚かだったのだ。馬鹿みたい。馬鹿みたい。
滑稽だっただろう。克巳さんの言葉に心を揺らせて、動揺して。どうせ裏で嘲笑っていたんだ。
この家に来て、傷つくことなんて慣れた。でもそれでも胸が痛い。この人はどこまで私を傷つけたら気が済むんだろう。
克巳さんを押しのけて、脱衣所の戸を開けようとすると、背中にふんわりとぬくもりが当たった。一瞬抱きしめられていることに気がつけなくて、反応が遅れる。
「か、つみさ」
「嘘じゃないよ。父も僕もたくさん心配したんだよ」
「…嘘!」
一瞬心の中を読まれたのかと思った。この人のこういうところが怖い。なんでも分かっているんだぞってそういう態度なところが。
「嘘じゃない。疑り深いね、君は。今日も仕事があった父が午前中家に居たんだ。トメさんに聞いてみたらいい」
ぎゅっと、後ろから抱き込まれるように抱擁された。体温が浸透するように広がった。
「………怒って、なかった、ですか?」
「怒ってないよ。僕が迎えに行くって言ったら、ほっとして仕事に行ったんだ」
「嘘………」
きっとこれも甘言なんだ。克巳さんお得意の口からでまかせなんだ。優しくしてるフリなんだ。持ち上げるだけ持ち上げておいて、また意地悪するんだ。
———でも。
なんでこの人の言葉が一番優しいんだろう。
フリでもなんでも、この人が最初からずっと心配してくれてた。風邪引いたときも、看病してくれてた。
心の半分は信じてみたいという馬鹿な声がする。でも心のどこかで全部演技なんだって警戒する声がする。
ぎゅっと力を混めて、克巳さんの腕を解くと、あっけなく彼は身体を離した。
「…お風呂、入ってきます」
「大丈夫?また弟達が何か言ってきたら、僕に言いつけるって言うんだよ」
「はい、ありがとうございます」
からら、と引き戸が軽く音を立てて閉まった。少しして克巳さんの足音が遠のくのを確認すると、脱衣所の床にぺたりと座り込んだ。