Wednesday, November 19, 2008

愛とはかくも難しきことかな01

 妾腹、という単語なんて、近年知らずにいる人も多いのではないだろうか。
物語の中で聞くのならまだしも、実際に使われているだなんて思いもしなかった。
 しかも、それが自分のことを指して使われるだなんて。


「萌(めぐむ)ちゃん、何か不自由していることがあったらパパに言うんだよ」
「はい、お父様」
「お父様なんて堅苦しいなぁ。まだパパって呼んでくれないの?」
「いえ、それはちょっと………」
 広い和室に足の短い長いテーブル。
並べられているのは美味しそうな香りを漂わす、豪勢な朝食。
 もうこの屋敷に来てから1ヶ月はたったけれど未だに慣れはしない雰囲気。
「学校はどう?一也と相二はちゃんと面倒を見てくれている?」
「はぁ、おかげさまで」
面倒なんて見てもらった覚えすらないが適当に頷くと父親は自慢の双子の息子によくやったと笑顔を向けている。
「買い物は事足りているかい?お金は気にしなくて良いからね」
「いえ、特に必要なものもないので」
「そうかい?パーティ用に数着必要だとトメさんが言っていたな、そういえば」
 トメさんとはこの家の家政婦さんて、新しく来た萌の世話係のようなことをしてくれている人だ。性格は肝っ玉母ちゃんのような50歳の女性で、右も左も分からなかった萌に優しくしてくれた唯一の存在だ。
「ではトメさんと近日中に必要なだけ選んで買っておきます」
「いや、それなら優成、お前今週末ちょっと萌ちゃんに数着見立ててあげれないか?」
「………今週はホテルで茶会があるので」
「そ、そうですよ、お父様、優成さんはお忙しいので手を煩わせるわけには」
「日曜の3時、茶会後ならば」
 断ろうとした矢先鋭い眼光で睨まれ、ひぃっと声に詰まったところ、約束をこじつけられてしまった。
「いやぁ、良かった。優成の見立てはなかなか良いんだよ。きっと萌ちゃんも気に入ると思う」
「は、はい。ありがとうございます」
 そろりと伺って優成さんにお礼を言うと、顔を冷たく背けられた。
「萌ちゃん」
「はいっ」
 名前を呼ばれて顔を向けると、この家の長男の克巳さんの笑顔があった。
「日曜は車が出払っているから、ホテルまで僕が送って行ってあげるよ」
「いえ、あのご迷惑でしょうから、私は電車で」
「あぁそれがいいね。克巳よろしく頼むよ」
 人の話を聞けないのは父親譲りなのかもしれない、この家族。
 この場で唯一朗らかな雰囲気を二人が醸し出したところで、周りに気づかれないように、そっと小さく息をついた。
 まったく。この家は息がつまる。

 事の始まりは3ヶ月前。面倒を見てくれていた祖母が亡くなったことからだ。
 遺言書と弁護士に渡されたのは一つの連絡先。
 御堂秀美。
 聞いたこともない男の名前だった。
 両親は小さい頃に事故に亡くなっていたけれど、ちゃんと二人の記憶も残っているのでさすがに小さい頃に生き別れた父親や母親という筋ではないだろうと分かっていた。あるとすれば後見人になってくれそうな人。
 祖母の遺書にはそこに連絡しなさいと書いてあったのでとりあえず呼び出してみた。そこで出会ったのが今の父親。
 そして、まさかの展開になり。明かされた内容が、自分は彼の妾腹だと言うのだ。
「ま、まさかですよね」
「いや、DNA鑑定をしてもきちんと血縁者だと出るのだよ」
「DNA鑑定までしてあるんですか?!」
 いつのまに人の細胞を鑑定に出したのやら。
「いろいろあって、すぐには考えは出せないかもしれないけれど、僕は君の後見人になるよう君のお婆さまから仰せつかっているんだよ。だからとりあえず、落ち着くまでは僕の家においで」
 そんな風に言いくるめられて御堂家に来たものの。

 待っていたのは氷河期かと思われるほど冷たい態度の兄達だった。


 上から、克巳、優成、一也に相二と続く四兄弟は、東京の一等地に大きく構えられた屋敷に恥じぬような外見と経歴をお持ちだ。
 御堂家は旧華族筋のようで本家は関西にあるのだとか。明治時代に御堂の分家が商家として財を広げたのが今の父の代に続いていて、父親は今何とかっていう大きな会社の社長をしているらしい。
 らしい、というのは説明をしてくれる筈だった兄達が、「妾腹にこの家にいる権利はない!」とぷんぷん怒って、詳細を話すよりもどれだけ自分がこの家に相応しくないか、この家を出ていくべきかと語られたからだ。
 出ていって欲しいのなら出ていきます、と自称父親に言おうとすれば、父の前では猫をかぶっているらしい四兄弟は突然手のひらを返しだす。「この家のどこが嫌なんだい」から始まり「不自由があれば何でも言ってくれ」と来た。そんな真実味はないが、かなり強引な説得に押され、居残ることを伝えれば、その場から父親が居なくなった途端にまた非難の嵐。
 四兄弟が居ない間に父親の説得を試みてみたが、彼からの返答は四兄弟がどうしても残って欲しいと言っているときたもんだ。
 成す術もなくずるずると結局今日で2ヶ月を越そうとしている。



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