「おい、お前、自分がパーティなんて出れると思ってんのかよ」
行儀良く揃えていた足が、蹴られた弾みに姿勢ごと崩れた。ついでに角を曲がっていたせいで反動で窓に額を打つ。
「いたた………」
「聞いてんのかよ」
助手席に座る相二は興味無さげに窓の外を眺めているし、運転手の佐々木さんは多分後部座席の声が聞こえていないのでここに助けはない。というよりも相二がこの場に混ざることになれば余計まずい事態になるだろうから、一也の相手だけですむのなら良いだろう。
「優成さんも本気でお手伝いを申し出て下さったわけじゃないでしょうし、日曜までに改めてお断りさせて頂きます」
「親父がそんなん許すもんか」
「じゃぁ風邪を引いたことにしておきます」
「……日曜部屋に行ったときに居なかったらどうなるか覚えておけよ」
そんなの部屋に居たらどうなるか想像する方が容易いではないか。
「か、風邪を引いたので病院に行くので部屋にはいないかも……」
「あぁ?」
「いえ………」
駄目ですか。そうですか。っていうか部屋までチェックに来るってどれだけしつこいんですか。
あぁ、早く学校につかないかな、と遠い目をしていた自分には横に座っていた彼の考えていることなどまったくこれっぽっちも分からない。
土曜日。丁度居間で将棋を打っている長兄次兄の二人を見つけたので話しかけた。
「ごほごほっ、すみません。少し体調がおかしいので、明日の予定取りやめても大丈夫でしょうか………げほっ」
「………あぁ」
マスクまでしているので真実味たっぷりである。
しかも、悲しいかな。本当に病気になった。嘘から出たまこと、というよりも嘘をまことにしたのである。意地で。
昨日の夜の水シャワーに夜の散歩は身にこたえた。本当に。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
ずるると鼻をすすりながら答えると、微妙な顔をされた。
どうせ腹の中では汚いなー鼻くらいかめよ、と考えているに違いない。
「しんどいので寝ています。食事には出ないので皆さんによろしくお伝え下さい」
ぺこりとお辞儀をして、何かを言われるまでに障子をしめた。
これで良し。
やばい。熱が上がってきた。
早く横になって寝よう。
コンコン。ノックの音に、微睡みから覚めた。
「………トメさん?」
「ぶっぶー、残念、俺様でしたー」
「ジャイアン………?」
「あぁん?」
俺様と言うのはジャイアンしかいないじゃないか。
そんなことをうつらうつらと布団の中で考えていると、一也、いや相二かもしれないが、の顔が上から覗いているのに気づいた。
どっちだろう。
考えながら、そういえば部屋まで様子を見に来ると言っていたなと思いだす。
「一也さん?」
尋ねたが返事はなかった。でも何も言い返さないということは肯定したということでいいだろう。違っていたら一時間くらい文句言うだろうし。
勝手に部屋に上がってきた彼は、畳の上に敷かれた布団の枕元に偉そうに胡座をかいた。
「何か御用ですか」
のっそりと上体を起こすと、頭の奥から鈍痛が響く。熱が上がっているらしい。お見舞いに来たっていう態度でもなさそうだし、早く出ていってくれないかな。
「風邪、引いたんだって?」
「はい、お約束通り、明日は辞退させて頂きましたから」
「………」
「一也さん?」
「今日の間違いだろ」
「もう日曜ですか?」
どうやら丸一日昏々と寝続けていたらしい。なのに熱が上がるとは。
「結構熱があるな」
ぴたりと額に手を当てられて、ひんやりとした皮膚の体温が伝わってくる。
気持ちが良くて、相手が普段は鬼のような人物でも、弱っているときは人恋しくなるらしい。傍にいてくれることに少し感謝していると。
「なぁ、熱の有効な下げ方って知ってるか?」
後悔することになった。
がしっと突然伸びてきた手に、頭の後ろを掴まれる。軽い衝撃だったのだけれど、熱でぼんやりとしているところには、ぐわぁんと響く。
驚いて目を見開くと、正面のえらく近い場所に一也さんの顔が見えた。
「ひぇっ……、や、やめ」
焦って顔を仰け反らせようとしても、大きな手が後頭部を押さえていて逃れられない。そのまま柔らかい感触が唇に当たった。
「んん、んーっ………っ」
悲鳴にならない声をあげると、口内に舌が入り込んでくる。
あぁこれが世にいうディープキスですか。
彼の口についた銀糸が切れるのを呆然とした顔で見つめていると、一也さんがニタリと笑った。
「これで風邪が治るだろ」
「なっ、なー!なーー!!」
「うるせぇ、黙れ!」
「ひ、ひどいです。初めてだったのに」
弱々しく文句を言うと、一也さんはそれはもう嬉しそうに笑って部屋を出ていった。
「っていうか!ていうか、私たち、半分は血のつながった兄弟なんでしょ…?!」
叫んだその言葉に答えは返ってこなかった。
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Wednesday, November 19, 2008
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