朝の6時。
隣の部屋から聞こえてくる目覚まし時計の音で目を覚ます。
しばらく微睡んでいると、腹の虫をうるさくさせる香ばしい朝食の香りが漂ってくる。
頃合いを見計らって起き上がり、洗面所で顔を洗う。
さりげなく寝癖だけを確認したあと、わざと寝起きのように怠そうに足音を立て、ダイニングに顔を出した。
見慣れた背中。湿ったままの髪が後ろで緩く纏められている。
その後ろ姿がどれだけ自分を欲情させているか、この人は多分分かっていない。
「おはよう、マナ」
変声期途中の掠れた声が出る。
「おはよう」
彼女が振り向く前に後ろから抱きついた。
首もとに顔を埋めると、石けんの良い香りがする。
ドクンと高鳴る胸を誤摩化すようにその頬に口づけた。
俺の大切な人。
俺の唯一の家族で、母親。
でも、母と呼んだことはない。
呼ぶ必要もないし。
この人と俺を結ぶ絆は愛情だけだ。
--------------------------------
「珍しいな、お前が家に帰らないなんて」
最近流行の若者向けの安いイタリアンのチェーン店で前に座った悪友が口を開く。
時間は8時を回ったばかり。先ほどまで二人で繁華街をブラブラうろついていた。
「今日はマナが遅いから」
「あぁ、なるほど」
複雑な家庭事情をおおまかに知っている友は納得した風に頷いた。
「何か大事な用事なのか?マナさん」
「いや。この日は大体毎週残業してる」
「えー、でもお前いつもは家帰ってるじゃん」
「なんか今日は夕方遅くなるって連絡入ってたから」
「ふーん?」
首を傾げる相手を横目に口を潤すためにドリンクバー用のジュースが入ったグラスを持ち上げる。
「もしかして男だったりして」
「やっぱり、毎週残業ってそういうことなのかな」
レイが下を向いてため息をついた。
悪友は「マザコン」と言ってけらけら笑う。
でもレイにとっては笑い事ではない。
もしもマナが本当に男と会っているのなら、阻止しなければ。
きっとレイが強く言えば、彼女はもう残業しなくなる。
ただ生活を支えているのはマナだから彼女の仕事を煩わせない程度に、賢く動かなければ。
「おい、お前、変なこと考えてないだろうな」
「え?なにが?」
「いや………レイのことだから、普通にマナさんの邪魔しそうだなって」
「あはは、まさか。いくら俺でもマナの邪魔なんかしないよ」
邪魔。
邪魔なのは俺とマナの間に割り込んでくる奴だ。
誰であろうと許さない。この日常を壊そうとする人間は。
Subscribe to:
Post Comments (Atom)
No comments:
Post a Comment