Monday, December 22, 2008

愛とはかくも難しきことかな17*

 嗚咽を止めようと、涙を拭って大きく息を吐く。
 それからベッドから降りて、克巳さんの横をすり抜けた。止めようと伸ばされた腕は振り払った。
「萌ちゃん」
「触らないで下さい!」
 ホテルの部屋から逃げ出すつもりでベッドルームから出ると、その場でまた腕を取られて引き止められた。
「誰がいつ君にキスしたの」
 なんでそんなことを答えなきゃいけないんだ、と睨みつけると睨み返された。答えないと腕は離してもらえないようなのでとりあえず言う。
「風邪引いてるときに双子の一人にされたんですよ!」
「どっち?」
「もう覚えてません!それに元々見分けなんかつかないんだから!それよりも、離して下さい………っ!」
 じたばた腕を振り回していると、バンッ、と音がするほど背中を壁に押し付けられた。痛みに一瞬視界が白くなったとき、唇を重ねられた。
「やだっ!……んー!んー!……」
 軽く重ねられては少しだけ隙間をあけて啄む。そのときに悲鳴をあげると、すぐに深く重ねられる。双子の一人にされたときは無理矢理に中を掻き回される感じだったけど、克巳さんのはもっと優しい感触がした。
 だからって、流されないけれど。
 噛んでやろうと口を開けると、何か不穏なものを感じ取ったのか、克巳さんがいきなり指を差し入れてきた。
「ぁぐ」
 閉じようとした口は指に拒まれて、大した痛みを与えることはできなかった。そして克巳さんからさっきまでの優しさが消えて、舌を絡められる。口の中の指先も歯列の裏をなぞるように動く。気持ち悪いと思う前に、頭の中が真っ白になった。
 背筋にぞくぞくと知らない感覚が走り、唾液が収まりきらず彼の指を伝っていく。克巳さんの大きな手が腰から背中に回り、もう一方の手は指を口から引き抜くと首の後ろに回った。
「っ、……い、あ!」
 いや、と言いたいのに声が言葉をなさない。
 ぎゅっと彼のスーツの肩あたりを掴んだ。そうでないと腰がぬけて、床に座り込んでしまいそうになっているのが、彼にバレてしまうと思ったからだ。しがみつく体勢になると、やっと重ねられる唇から勢いが抜けた。また優しく、まるで宥めるかのように啄まれた。
 大人の上手なキス。嫌いな人からされているのが悲しい。本当だったら、こんな部屋でするのなら好きな人ともっとロマンチックにしている筈なのに。そしてもっと大きくなってこのドレスに負けないような大人な女になっている時にする筈だったのに。


 やっと唇が離されたのは、酸欠ぎみになったときだった。
 克巳さんが腰に回していた手を離すと、全身に力が入らなくて格好悪くずるずると地面にうずくまった。ぜぇぜぇ、と肩で息をしながら彼を見上げると、克巳さんは冷静に胸ポケットに入っていたハンカチで指を拭っている。こちらの視線に気づいたのか、振り向くとにやっと双子とよく似た意地悪そうな笑みを浮かべた。
 今までは何を腹の底に抱えていようとにこやかな仮面を被っていたけれど、もう取り繕うのは止めたらしい。
「車が来たから、送るよ」
「い、いいです。一人で帰ります」
 よろり、と立ち上がりながら言った。彼は助けの手を差し伸べてくれたけど、それは取らなかった。また掴まれでもしたら、とその手を取るのが怖かったからだ。壁を支えにしながら立ち上がると、打ち付けた背中が痛んだ。
 何をしたいかまったく意味が分からないのはこの兄弟達の共通点なのかもしれない。双子も克巳さんも、何の目的で血を半分分けているはずの妹に手を出そうというのか。そこまで道徳観念に欠けているのか、それとも。
「そんな格好で一人で帰したら警察を呼ばれるよ」
 鼻で笑われながらそう言われて、リビングの窓に映る自分の姿を見た。
 靴はどこかに転がったままなので、伝線して見るも無惨なストッキングだけの足元。ドレスに変な皺は寄っているし、セットされていた髪の毛はもう半分以上肩に落ちて絡まっている。顔も涙で化粧が落ちていて、頬が黒く染まっていた。
 あまりにも滑稽な格好だったけれど、それでも気丈に言い返した。
「あなたの、お世話には、なりません!」
「なら無理矢理にでも引きずって帰るだけだね」
 ぐっと腕を握られてそう言われると、克巳さんのことを改めて恐ろしく感じる。力で敵わないのは十分思い知ったからだ。
「や、やだぁ」
 じわり、と泣きそうになったとき、また扉が開く音がした。

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