Sunday, December 21, 2008

愛とはかくも難しきことかな12

 立食会と言っても、お腹に溜まるような物はあまり置いていない。お酒と一緒に食べるような軽いつまみのような物ばかりだ。御堂の父を含めた会社の偉い人達はパーティ前にホテルのレストランで食べていたようだし、食事会とはまた趣向が違うようだった。
「疲れた?」
 無言で食べ物をつまんでいると、克巳さんが聞いてきた。
「ちょっとだけ……」
 パーティが始まってからそう時間も立っていないし、壁でじっとしていただけなのだけど。精神的に疲れてしまった。
「もう帰っちゃ駄目ですか?」
「うーん、構わないと思うけど、せっかく奇麗に着飾ってきたのに」
「どうせ見せる人もいないし……」
 確かにちょっと化粧もしてもらったし、ドレスを着たときは楽しかったけど、賑やかなパーティの中で一人ぼっちなのはつまらない。
 そう考えたとき、もしかしてこれがこの人の意図するところだったのかな、と思い当たる。わざわざ似合わない大人っぽいドレスを着せられたのも、きっと会場で馬鹿にされるためだったのだ。そう思うと、少しだけ泣きたくなった。
 どうせ御堂に家に自分が合わないのは分かっているのだ。
 きっとあの家の誰よりも一番自分がそのことを分かっている。
 優しい御堂の父と祖母を彷彿とさせるような優しい面影のトメさん。最近少しだけ打ち解けた優成さん。独りになった自分が唯一頼れる一家の人達。ときどきは、この家族の一員になりたいと思ったりもする。そうなれたらきっと、自分の心の底に棲みつく孤独感から逃れられる。
 でも、無理だ。
 迎えに来たのが御堂じゃなければ良かった。優しい養父の後ろにあるのが御堂じゃなかったら良かったのに。この意地悪な兄弟じゃなければ良かったのに。
「萌ちゃん?」
 訝しげに名を呼ばれて、顔をあげると克巳さんの心配げな顔がこちらを見下ろしていた。その顔が少しだけぼやけて見えて、やっと自分の目に涙が溜まっていることに気づく。
「大丈夫?気分が悪いんだったら、外に出よう」
「や、大丈夫です」
「そうは見えないよ、おいで」
 背を押されて抵抗しようとしたら、二の腕を大きな手に掴まれて、引っ張られる。この人、実は相当強引だ。あの双子はこの人に似たのかもしれない。ただ優しい雰囲気に誤摩化されているだけで、やっていることは乱暴だ。
 
 結婚式場としても使われるホテルの別館でパーティは行われていた。別館傍にはチャペルもあった。奇麗な庭園を抜けるとその向こうには背の高いホテルの本館が闇夜に煌々と聳えている。
 庭園にあったベンチに座らせられて、克巳さんは前に膝をついて屈んだ。逃げないように囲み込まれたような心境で、萌は顔を伏せた。
「どうしたの、一体」
 指先で目尻を拭われる。
 涙を零しはしなかったけど、潤んでいたのは気づかれていたらしい。
「なんでもないです。ちょっと、疲れただけです」
「本当に?」
「はい」
 実際、自分が多少感情的になっていたとしても、この人には関係ない。
「すみません、心配をおかけして。私、そろそろ家に帰ります」
「でも、家の車は10時にならないと来ないよ」
「車がなければ、タクシーか電車でも取りますから」
 家から高速で来ているから、それなりに遠いのかもしれないけれど、ここに居るよりはいく分マシな気がする。タクシー代に多少かかろうが、あの御堂の父は気にしないだろうし。
 ベンチから立ち上がろうとすると、克巳さんがため息をついて肩を押さえてきた。
「パーティを抜けるのは構わないとしても、そんな格好の君を一人で帰したのが父にバレたら大事だよ。部屋を取ってあるから、そこで10時まで待っていて。ね」
 その説得に渋々頷いた。
 今はまだ8時すぎだ。
 2時間近く時間を潰すのは難儀にも思えたけれど、ホテルの部屋だったらテレビでも何でもあるだろうし、そもそもさっきから痛みを訴える足を休めることができるのならそれだけでも良い。
「後で様子を見に行くから部屋にいるんだよ。いくらホテル内でもドレス姿でふらふらしていると危ないからね」
 というよりも、こんなドレス姿で公の場を歩きたいわけがない。だから部屋に籠っているのは賛成だ。

No comments:

Post a Comment