Monday, December 22, 2008

愛とはかくも難しきことかな18

「兄さん、何してるんだ」
「優成さん、助けて!」
 今まさに克巳さんに抱え上げられそうになっていたので、咄嗟に入ってきた優成さんの姿に助けを求めた。
「靴がないから抱っこしてあげようとしただけさ」
 いつのまにか、またいつもの微笑みを顔に浮かべて克巳さんはそつなく答える。
「どうしたんだ、一体。萌も、その格好は」
「あいつらがまたいつもの悪戯をしたみたいでね」
 あいつらという言葉が指しているその張本人の双子達は、いつのまにか部屋から出ていたらしく、ベッドルームから姿が消えていた。
「慌てて廊下をかけていくから何かと思えば、やっぱり何かしてたのか」
「車も来たようだし、萌ちゃんを家まで送って来るよ」
「駄目だ、父さんが兄さんを呼んでいた。俺が送るよ」
 その優成さんの言葉に克巳さんはやっと掴んでいた萌の腕を放した。
 身体が自由になると、すぐに優成さんの背中に隠れた。腕は離してもらっても、いつ克巳さんの気が変わるかもしれないと怖かったからだ。明らかに克巳さんんを警戒した態度に、優成さんはもの言いたげな視線を投げる。しかし、隠れた萌を一瞥した後、彼は「じゃ、また後で」と言って部屋を出ていった。
 扉が閉まる音を見届けると、力が抜けてへにゃっと床に崩れ落ちた。
「大丈夫か?」
「………なんか、もう、疲れました」
「家に帰るか」
「やだ、帰りたくない」
「萌……」
「帰りたくないよぅ……」
 優成さんに言っても仕方がないけれど、言わずにはいられなかった。
 帰りたくない。御堂の家になんか帰りたくない。
 床に座り込んだまま駄々をこねる自分を、優成さんは優しく抱きしめてくれた。胸元に顔を押し付けられて、頭を撫でられるとなんでか安心する。高いスーツなんだろうけど、抱きついたときに頬に落ちていたアイメイクの黒い染みが付いてしまった。心の中でごめんなさい、と謝りつつもしばらくの間優成さんに温もりに甘えた。
「帰りたくないんだったら、泊まっていくか」
 尋ねられて、首を振る。
「この部屋はいや」
「分かってる。違う場所にするから安心しろ」
「うん……」
 頷くと、優成さんは苦笑しながら、携帯電話を取り出して誰かに連絡しだした。
 力を抜いて大きな彼の胸の中にもたれると、彼は背中に置いた手で宥めるように摩る。その手の暖かさにまた涙腺が緩んで、少しだけ泣いた。
 どうやら父親に今晩は泊まっていく由をつげると、次は誰かに泊めてくれるように頼んだようだ。
いいのかな。こんな風に甘えてしまって良いのかな。御堂の父は怒っていないだろうか。家に帰らないことで克巳さんや双子にまたあれこれ言われないだろうか。そんな心配をしていると、優成さんは安心させるように微笑んだ。この人がこんな風に笑うなんて珍しい。いつも無愛想で無表情なのに。
「さて、行くか。靴は?」
「あっち」
 ベッドルームの傍に落ちていたヒールを指差すと、彼は立ち上がってそれを取りに行ってくれた。差し出しても履く様子も見せない萌に、怒る様子も見せず、子供にするように屈んで黙って履かせてくれる。
 それから、手を膝の後ろに回したかと思うと、軽々と彼女を抱き上げた。
「っ優成さ」
「忘れ物はないか?」
「あ、うん」
 これが世に言うお姫様抱っこ。優成さんは背が高いから、いつもと違う視線に怖くなってぎゅっと彼の首にしがみつくと、彼は器用に片手で萌を支えたままドアを開け、豪華な部屋を出た。

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