Sunday, February 8, 2009

愛とはかくも難しきことかな26

「優成、萌ちゃんは僕が連れて帰るから、お前は自分の迎えで帰れ」
「なんでそうなるんだ」
「僕は萌ちゃんを迎えに来たんだ。お前は迎えを呼んだんだろう」
 睨み合う兄弟の間で、萌は止めに入ることもできず、おろおろと立ち往生していると、克巳さんの停めた車の後ろにもう一台見覚えのある車が止まった。
「ほら、迎えが来た。お前はあっちの車で帰れ」
「兄さんはどうしてそんな意地が悪いんだ」
 御堂家の運転手の佐々木さんはメルセデスを降りて、こちらから数メートル離れたところで待機している。
 優成さんはしばらく沈黙した後、言っても引きそうにない克巳さんに、仕方なさそうにため息をついた。
「……ちゃんと家まで送り届けてくれるのか」
「勿論さ、父さんが待っているって言っただろう」
「分かった」
「ゆ、優成さん」
 ということは、私は克巳さんと帰りの車は二人きりということだ。それは絶対避けたかったのに。
「おいで、萌ちゃん」
 助手席のドアをわざわざ開けて促される。優成さんを言い負かして満足そうな克巳さんの笑みが、薄ら寒い。
「わ、わわ私も、優成さんと一緒に」
「萌ちゃん」
 優成さんに背を押され慌ててその腕にしがみつこうとすると、優成さんに目線で止められた。
「萌、大丈夫だから行け。……兄さんが本気で怒る前に」
 ぼそり、と付け足された言葉に、慌てて克巳さんの車に飛び乗る。
 克巳さんは佐々木さんがよくしてくれるように、乗った後車のドアを閉めてくれた。それから優成さんと二言、三言交わして運転席に乗り込んできた。
 エンジンをかける音だけが車内に響く。それから静かに車が発進した。

 落ち着かない。
 革張りの助手席は、佐々木さんのメルセデスと同じくらい座り心地が良い。送迎車でないせいかどことなく狭いけれど、輪っかが四つ並んだエンブレムは確か外国産の高そうなメーカーだった気がする。そもそも御堂家の人が安い国産車に乗っているわけはないし。
 ダッシュボードに消臭剤らしきシルバーの置物なんかがあるのは個人の車っぽい。今まで佐々木さん以外の運転する車に乗ったことがあまりなかったので、少し物珍しい感じがする。
「優成の友達の家はどうだった?」
「え、あ、あの、まぁ、良くして頂きました」
「そう」
 聞いてきたわりに、興味の無さそうな相づち。それ以上続けても意味がなさそうだったので、それだけで話を切った。
 怒っているらしい、というのは分かる。どうして怒っているのかいまいち分からないけれど。大体にして怒っていたのは自分ではなかったか。
 もそもそとシートベルトをいじくっていると、赤信号で車を一旦止めた克巳さんがこちらを見た。
「どうしたの、萌ちゃんらしくないね。落ち着かない?」
 そりゃぁもう。昨日の最後に啖呵を切って別れたのに、普通に接してくるあなたが気味悪くて仕方がないんです。落ち着かないに決まってるじゃないですか。
 優成さんがいなくなったせいか、克巳さんはまた元の穏やかな仮面を被り直したらしい。表面的には優しい兄を演じている彼の仮面。
「克巳さんは…」
「ん?」
 もそもそとシートベルトで遊ぶ指先をそのままに、聞いた。
「克巳さんは私のこと嫌いなのに、どうして優しい振りをするんですか」
 一瞬空気が凍った気がした。ほんの一瞬。克巳さんの顔を見上げると、相変わらず穏やかな表情。
「振りなんてしてないよ。僕は君に優しくしたいから、優しくしているだけ」
「嘘だ」
 本当に振りじゃないのなら、私の言葉に多少動揺しても良い筈なのに。克巳さんの顔には嘘の笑みだけ。本当に優しい人だったら、そんな顔しない。

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