Monday, December 22, 2008

愛とはかくも難しきことかな19

 専用ロビーに萌を抱えた優成が降りると、慌てたようにフロントの人がハイヤーを用意してくれて、そのまま車に乗った。
「どこに行くんですか?」
「友人のところだ。ホテルだと、誰がスペアキーを持ってやってくるか分からないからな」
 会話までは聞こえなかったけれど、さきほど強引に電話を切っていたところを見ると、どうも電話口で泊まる由を言ったときに反対されたらしい。まぁ、過保護ぎみな御堂の父が反対する気持ちは分からなくもないけれど。
 しばらくすると奇麗なマンションのエントランスでハイヤーは停まった。車づけがあるところを見ると、やっぱり優成さんの知り合いの家だなと思う。この人達って庶民の知り合い居ないのかな。
「誰かに行き先を尋ねられたら、適当な名前の駅をあげてくれ」
 優成さんが車を降りたときに、ドアを開けてくれた運転手の手をぎゅっと握って彼はそう言った。隙間から札束が見えたのだけど、これが世に言う買収ってやつ?手慣れているところが余計に恐ろしい。まだ大学生の筈なのに。
 それからこちらを振り向いた。
「歩けるか?」
「うん」
 頷くと、手を差し出されたので握ると、丁度良い力強さで引っ張ってくれて車から降りるのを手伝ってくれた。そのまま手を繋いだまま歩き出すと、ハイヤーの運転手が「いってらっしゃいませ」と声をかけてくれた。心持ち嬉しそうな響きだった気がする。そんなに握らしたんだ、優成さん。
 エントランスに入ったところで、管理人室じゃなくホテルみたいなカウンターがある、と驚いている萌を尻目に、優成さんは部屋番号を押した。返事もなくすぐに扉が開く。緑の覆い茂った中庭を抜けてエレベーターに乗ると、彼は迷わず最上階のボタンを押した。
「学校のお友達なんですか?」
「ああ。大学で同じ専攻なんだが、ちょっと変わってるが良い奴なんだ」
 優成さんがふ、と笑って言う。彼がこういう風に言うってことは、きっととても仲の良い人なんだろう。
 チン、と軽い音を立ててエレベーターのドアが開くと、普通のマンションを想像していた萌の予想を裏切って、小さなエレベーターホールの向こうにドアが一つだけあった。
 インターホンを押す前に、そのドアが開いて人が顔を出した。
「やぁ、いらっしゃい」
「こんな時間に悪かったな」
 サンダルを履いてTシャツにジーンズ姿の彼は、ドアを開けたまま二人に入るように促した。
「いいよ、ちょっと飲む相手が欲しい所だったんだ」
「言ってくれてたら途中で酒を買ってきたんだが」
「あぁ、大丈夫。ストックはいっぱいあるから」
 一歩入ると、シンプルでモダンな印象のリビングに迎え入れられた。
「それで、君が噂の新しい妹さん?」
 物珍しそうに部屋を見ていると、優成さんの友人の人に話しかけられた。
「は、はい、えと、まだ妹ではないんですが」
 慌てて居住まいを正す。最初に二人が会話を始めてしまったものだからタイミングを逃して、挨拶すらしていなかったので赤くなった。
「河野萌だ。養子にはまだ入っていない。萌、これが俺の友達の矢田だ」
「そうなんだ。矢田豊智って言います。萌ちゃん、よろしくね」
 寡黙そうな優成さんと違って、華やかな人だった。細身で、髪の毛がさらさらで奇麗。一瞬見とれてしまって、慌てて頭を下げた。
「よろしくお願いします。ご迷惑をおかけしてすみません」
「あはは、いえいえ。寂しい一人暮らしだから、お客さんが居ると逆に嬉しいよ」
 そう言って、彼はリビングのソファを勧めてくれた。

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