Wednesday, December 17, 2008

愛とはかくも難しきことかな10

「ねぇ、きみ」
 壁際の椅子に座ってにぎわうパーティ会場を眺めていると、明るい声をかけられた。
 自分の前に立った相手を見上げてみると、自分と同い年くらいの青年が立っている。
「何か」
「暇そうだね。知り合いとかいないの?」
 どうも役員の誰かの息子らしい。高校生くらいなのでスーツがあまり似合っていない。でもホストみたいに着こなしていた御堂家の双子よりは、こちらの方がよっぽど良いかもしれない。
「居るには居ますが、取り込み中です」
 目線で優成さんを指したけれど、それを見て彼は顔を微妙にゆがめた。
「もしかして彼を待ってるの?駄目駄目、優成さんはあっちのきらびやかなお姉様方が離してくれるわけないって。君みたいな子は入り込めないよ」
「はぁ…」
 なんだか可哀想な子を見る目で見られて、どうも居心地が悪い。でも本当にちょっと待っててって30分くらい前に言われたから、ずっと待ってるんだけどな。それよりも目の前の彼は自分に何の用なんだろうと、もじもじと指先を絡めていると、彼は「ところでさ」と明るく言う。
「同い年くらいの奴らで集まってるんだけど、君もおいでよ」
「え、でも」
 身も知らぬ相手のグループに入るのはちょっと、と遠慮しようとすると、彼は彼女の緊張をほぐすようににこやかな笑みを作る。その彼の好青年っぽい雰囲気に萌も少しだけ警戒心を解いた。
「どうせ君も親に優成さんに挨拶するように言われたクチだろ。僕もさ、将来のためにコネクション作っておけ、て言われたけど、あんなお姉様達をかいくぐっていくなんて無理だよね」
「はぁ」
 なるほど。たまに若い子がいるのはそういう理由で親に連れてこられているんだ。もしこれで自分が御堂家の養子に入りそうなことがバレたら、自分も優成さんみたいに囲まれるかもしれない。勿論目的は御堂の名前だろうけど。それで婚約者とかあてがわれそうな気がする。さすが上層階級。恐ろしい世界だ。
「ね、一緒においでよ」
促されて、しばらく考えた後、こくりと頷いた。さすがに30分の待ちぼうけは退屈だったし、このパーティで友達でもできたら良いなと心の底では思っていた。彼の横に並んで歩き出すと、彼は嬉しそうに笑った。それに萌も少しはにかんで微笑み返したのだが、次の彼の言葉に笑みが固まった。
「そういえば、きみの名前は?」
「え」
「僕は館脇昇(たてわき のぼる)。昇って呼んでくれていいよ」
「え、あ、あの、わたしは、河野、萌です」
「…河野?ふーん、会社の上役には居ない名前だね。取引先の人の娘さん?親御さんはどこの会社の人?」
「え、あ、その」
 コネクションを築くなんて面倒くさい、みたいなことを言っていたくせに家柄は気になるらしい。邪気のない顔で聞いてくるのが逆に憎らしい。これが御堂家やこの青年の常識なのだ。萌が孤児だと打ち明けたら、態度もがらりと変わるかもしれない。
 御堂の名を出したくはないけれど良い言い逃れが見つからずあたふたしていると、ふいに肩に誰かの腕が回された。
「萌ちゃん、何してるの?」
「克巳さん!」
「み、御堂さん」
 振り向いた先にあったのはスーツの胸ポケットに奇麗に飾られたハンカチで、上を見上げると奇麗に前髪をあげた御堂の長男が立っていた。

No comments:

Post a Comment