Sunday, February 15, 2009

優しい人第五話

5.

 土曜日、朝の11時から愛実はエミのお気に入りのセレクトショップに来ていた。
 カジュアルな服から小物、靴まで何でも揃っている。一度雑誌で有名人御用達と書いてあったような気もするのだけれど。エミの好みはそういう場所が多い。
「アーちゃん、こんな服はどう?」
「た、高いよ」
「お小遣いいっぱい貰ってるじゃない。せっかくだから使わないと!」
 値札が1万円を軽く越すような服ばかりを押し付けてくるエミに弱々しく反論しながらも、試着室で数枚着替えてみると、エミの見立ての確かさを示すように自分に似合っていた。
「わぁ、可愛い!」
 外で待ち構えていたエミが手を叩いて褒めてくれて、少しだけ買ってしまおうかという気になる。
 スカーフやネックレスなどを試着した服の上に合わせながらエミは首をひねる。
「アクセサリーはこれが良いんだけどなぁ」
「あたしピアスの穴は開いてないよ」
「だよねぇ。でも最近イヤリングって中々売ってないし……」
 中学生の頃に母に強請って耳に二つ穴を開けたエミは、いつも可愛いピアスを付けている。槌谷も幾つも開けているし、たまに開けたいとは思うのだけれど痛そうなのでなかなかその一歩が踏み出せない。
 高校はアルバイトなどは厳しいけれど、服装に関してはそれほどでもない。
 成績が悪ければ色々言われるようだけれど、エミが注意されたことがないのを見るとピアス程度は大丈夫らしい。
「ま、いっか。とりあえずこのくらいで」
「え?」
「すいませーん、この服着て帰るんでタグ切って下さい」
「え、え?エミ?ちょっと、何言って」
「いいから、いいから」
 店員がやってきてささっとタグを切り取って行くと、出てきた領収書にエミが手早くサインをしてしまった。いつのまにクレジットカードを渡していたんだろう。
 顔見知りらしい店員とエミがニ、三言葉を交わして二人は店を出た。
「エミ、困るよ、ああいうの」
「いいのいいの、うちのパパに請求が行くから」
「それこそ困るよ。お父さんに怒られるかも」
「祥二パパはきっと気づかないから大丈夫だよ」
 それはあるかもしれない。お母さんに関係のある時以外はほとんど書斎に閉じこもっているような人だし。
 バレないといいなぁ、と思いつつため息をついた。
 
 軽いニットのベストを半端袖のシャツの上に重ね、下はふわふわの白いスカート。鞄は朝エミが貸してくれたブランド物のポシェット。髪の毛はお母さんが奇麗にお団子にしてくれたし、エミが軽く化粧もしてくれた。
 不思議なことに化粧をすると、顔の造作は似ていない筈の自分たちの顔が双子のように似る。ということは化粧をすれば自分も可愛くなったということなんだろうか。
「アーちゃん?」
「あ、ううん」
 エミの声にはっと我に返って、慌てて思考を現実に戻した。
 最近やけに自分の外見にこだわっているような気がする。どうしてなんだろう。
 中学の頃はエミと比べられたって気にもしたことがなかったのに。




 お昼ご飯はエミのお勧めだというイタメシ屋で食べて、お腹をこなすのを目的にまたぶらぶらと買い物に出たとき、見知らぬ人達に引き止められた。
「すいませーん、ちょっと良いですかぁ?」
 カメラを持った二人連れだった。男の人と、女の人。一瞬警戒したところに、エミが「あれ」と声を上げた。
「あら、あなたもしかして、エミちゃん?」
「そうです。ノンノンの佐々木さんですよね」
「まぁ、奇遇〜!一枚良いかしら。こちらの子は?もしかして双子だったの?」
 知り合いだったのか、とほっとしたところにいきなり自分に話題の矛先が向いて、愛実はびくっとする。
「妹のアーちゃんです。良いですよ、一枚くらい。アーちゃん、雑誌のストリートスナップなんだけど、良いよね?」
「え、う、うん」
 よく分からなかったけれど頷くと、はい寄って寄って〜と佐々木と呼ばれた女の人にエミと寄り添うように言われた。エミと手を握り合ってよく分からないポーズになったところで、笑って〜て言われ、笑えているのかも分からない表情を取る。
 カシャ、カシャ、と数枚撮ったところで開放された。
 その後エミと佐々木さんは服のトークに入ってしまう。
「この服、あそこのでしょ。すごく似合ってるわ」
「そうなんですよ、こっちは最近話題のあの店で…」
 元々口べたな上にまったく興味のない話題で、手持ち無沙汰で二人が話し終えるのを待っているとカメラマンのお兄さんが話しかけてきた。
「ねぇねぇ、お姉さんとは何歳離れてるの?」
「え…あの…年子、ですけど…」
「そうなんだ、双子みたいにそっくりだね」
「そ、そう、ですか…」
「エミちゃん最近すごい人気出てきたよね。顔も小ちゃくてスタイル良いし、彼女はこれからもっと大きくなるよ」
「はぁ…」
 何の話か分からなくて適当に相づちを打っていると、彼は一人で頷いている。
「君はモデルやらないの?」
「え」
 その言葉でやっと彼が何の話をしているのか気がついた。
 エミがモデルをやっているなんて初耳だ。いつから?
 もしかして最近ずっと忙しそうに出かけていたのはそのせい?
 お母さんは知っているんだろうか。多分、知らないと思う。自分が知らないということは、母が知らないと思って良い筈だ。
 エミはどうして今まで教えてくれなかったんだろう。
「アーちゃん、ごめん、盛り上がっちゃって」
「あ、ううん」
「じゃぁ、二人ともありがとうね。多分来月の分に載ると思うから」
 二人は次の被写体を探すために忙しなく去っていった。
 その後ろ姿を見送った後、愛実はエミを振り向いた。
「エミ…」
「あはは、バレちゃった?」


 とりあえず話をしようと近くのカラオケに入った。カフェに行っても良かったけれど、お腹がいっぱいだったので飲食店に入る気にはなれなかったのだ。
 それに、カラオケボックスなら室内で二人だけで話ができる。
「…どうして教えてくれなかったの?」
 隠していたことは一応後ろめたかったのか、エミはストローを噛みながらちらりと上目遣いで愛実を見た。
「だって絶対ママにバレたくなかったんだもん。アーちゃん、ママに言わないでくれる?」
「え、それは」
「お願い、お願い、アーちゃぁん」
 勿論お母さんに心配させないためにも言うつもりだったのだけど、必死に頼み込まれてうぅと言葉につまる。
「り、理由による。ちゃんとした理由があるなら、言わない」
「えぇー。理由も言わなきゃ駄目?」
「駄目。じゃなきゃ、言っちゃうからね」
 ぶーと頬を膨らませてエミは文句を言うので、きっぱり答えた。アルバイトは禁止なのだ。モデルなんて先生にバレたら退学になってしまうではないか。それでなくともカメラのお兄さんが、最近人気が出てきてると言っていた。
「絶対に誰にも言わないでね」
 真剣な顔でいうエミにこくりと頷いた。
「アーちゃん、エミね、何か自分を証明できる物が欲しいの」
「…え?」
 その言葉はあまりにもエミの口から出てくるには似つかわしくなくて、予想もしていなかった答えについ尋ね返してしまう。
「ど、どうして?エミは何でも持ってるじゃない。証明なんて必要ないよ」
 理不尽さを感じた。自分を証明できるものが必要なのは愛実のような人間だ。エミはなんでも持っている。可愛くて、友達も多くて、勉強もちゃんとできて。勉強しかできない愛実とは違う。
「アーちゃん。ママは美人だよね。年のわりに断然若く見えるし、それだけじゃなくて内面も美人だよね。教養もあって、優しくて、しかも良い大学出てて、仕事もできて、お金も持ってて」
「うん」
 どうして突然お母さんが出てくるのかは分からなかったけれど、頷く。
 そう、なんでも持っている人の鏡のような人だ。お母さんはとても恵まれた人。
「みんなママのことが大好きになる。パパも祥二パパもアーちゃんも、…みんな」
「でもエミもみんなに好かれてるよ。あたしからしたら、エミもママも同じタイプに見えるけど」
「でもあの人の一番はママなの!エミは一番になりたいの。エミはママを越したいの!」
 ばん、とエミがテーブルを叩く音が室内に響いて、沈黙が降りた。
 

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