Wednesday, June 17, 2009

愛とはかくも難しきことかな37

宮内が貸してくれることになった一夜のお宿はなんと彼の実家だった。
元々徒歩10分くらいのところにアパートを借りて暮らしている彼はよく実家に顔を出すらしく、その夜も電話で一つ断りを入れる だけですんなりと寝床を用意してもらえた。
「これ、うちの生徒。こっちが俺の両親と姉」
軽く紹介されとりあえず失礼にならないように、よろしくお願いしますと頭を下げるとにこやかに中に迎え入れられた。とりあえず訳ありだとは説明してあったらしく、深夜に泊まらせてもらうことになった理由は特に尋ねられなかったが興味津々の面持ちではあった。
御堂の家に比べたら小さいが、それなりに大きな一軒屋の一室(元は宮内の自室だったらしい)のベッドを整えてもらって、お風呂とお姉さんの着替えまで貸してもらった後、部屋に戻ると宮内に個人面談を思い起こさせるような格好で向かいあってこれからの相談をした。
「とりあえず思ったんだがな、お前に好きな相手が居るというのをその保護者の父親に伝えるのはどうだろう」
「え、そんなの絶対聞いてもらえないよ!」
「まぁ、待て。やってみなきゃ分からないだろ」
即座に言い切った自分に宮内が宥めるように言う。
「とりあえず兄弟じゃなく、養父と話をしてみろ。そんでなるべくしおらしく見せながら、婚約の話を立ち聞きしてパニックになって家を飛び出してしまった。好きな人がいるので他の人と婚約はできない。そんな風に言うんだ。こうすれば強制は多分されないし家を飛び出た理由もつく。…昨今の常識では」
「もしも常識の通じない相手だったら」
「そんときは…家出を推奨してやる」
「わーん、宮内のばかー、解決になってないじゃないかー」
手近にあった枕を投げると彼は甘んじて顔で受け止めてくれた。
その後倍返しされたけれど。

二日続けて他人様のお世話になった次の日の朝は、よく眠れなかったせいであまりすっきりとはしていなかった。
リビングのカウチで一緒にお泊りすることになった宮内もよく眠れなかったのか、眠たそうな顔でおきだしてきた後、服を着替えるために一度アパートに戻っていった。
自分はお姉さんのお古だという可愛い洋服を貸してもらって、仕事に向かう彼女を見送った後、すでに退職してのんびりしている宮内の両親と朝ごはんを食べた。
学校の行くつもりはあまり無く、用意を終えた宮内が戻ってきたらどうしようと思考をめぐらしていたとき玄関が開いて宮内の呼ぶ声がした。
「どうしたの…って、え!」
呼ばれたままそちらに行くと思いもしなかった姿に、廊下で足を止めた。
「萌ちゃん、おはよう」
その人は昨日と同じ服装のまま、少し疲れた笑顔でそう言った。
「か、克己さん、なんでここに」
「この人、俺の家の前で一晩中待ってたみたいだぞ」
克己さんの格好を見てしまえばその言葉は疑いようがなかった。
「どうしているんですか、今日、お仕事なんじゃ」
「うん、そうなんだけどね。昨日泣かせてしまったから…」
「あ、あれは……」
そういえば昨日口論になって子供みたいに泣いてしまったのだった。しかも今思えばファミリーレストランの中で声をあげて。あ、穴があれば入りたいくらい恥ずかしい。
一人思い返して赤面していると、克己さんが玄関先から手を差し出した。
「ごめんね。泣かせるつもりはなかったんだ。ただ心配で君に家に戻ってほしかっただけで」
「も、もうその話は良いですから」
「良くないよ。君に誤解されたまま嫌われるのは僕が嫌だからね」
真摯な顔で彼に見つめられて、うろたえてしまった。あんなにも堅く御堂の家を出ることを決めたのにまた意志がぐらつく。
いつもそうだ。克己さんは本当に口が達者で演技が上手くて。
言い訳のようにそう心の中で愚痴るが、怒りが沸いてこなくて困る。かわりにあるのは期待だ。これはよろしくない。だってまた裏切られて同じ結果になるのが怖い。私は何度御堂家から家出すれば良いんだろう。

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