深夜寝静まった寝室の扉が静かに開いた。
「マナ…、起きてる?」
密やかな声がかかるが、それに返事はなかった。
レイにとってはその方が都合が良い。音を立てないように忍び足で寝室に忍び込むと、ベッドの傍まで寄る。
「マナ……」
朝も昼も好きなだけ触れられるけれど、それは子供のフリをしているからだ。
自分が大人になっていくのを自覚するのと共に、彼女の瞳に小さな脅えが見えるようになった。
「マナ……」
軽く唇に触れる。
小さな頃は甘えるレイに軽く愛情のキスを落としてくれたのに、最近はもうそれもない。確かに海外で過ごした幼少時代に比べて、レイも大きくなったし日本でそんなことをする家族はいないけれど。
しかし理由は文化の違いとかそんな単純なものではなくて、マナがそれをすることに罪悪感を感じるようになったからだ。
それまで時々一緒に入っていた風呂をレイが嫌がるようになったのは、裸のマナを前に平常を保てないことに気づいたからだった。 じゃぁマナがレイに愛情を示すキスをしなくなったのは何故だろう。
彼女の頬を軽く撫でていると彼女の瞼が小さく震えた。
「……ん」
唇から小さな声が漏れる。
起きるのかと身構えた彼の予想に反して、マナは起きなかった。
しかし目を閉じたまま魘されるかのように軽く眉間に皺を寄せて、苦しそうな表情になった。
「……い……」
何かを呟く様子にレイが耳を寄せると、「ごめんなさい」という言葉が何度も何度も繰り返される。
「ごめ……、許して……」
「大丈夫だよ、マナ。俺がいるから」
「レイ、ちゃ」
「そうだよ、俺だよ」
悪夢に魘されているらしいマナをあやすように手を握ると彼女が目を薄らと開いた。寝ぼけているようだが、レイの存在を認めて懺悔するようにぎゅっと彼の手を握りしめて泣き出した。
「あ、ごめ……ごめ、ん。あたしの、せい。許して、おねが……あたしが……」
「許すよ、大丈夫。マナ、愛してるよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「大丈夫。目を閉じて、眠って」
彼女をあやしながら寝かしつけると、数分もせずに彼女はまた眠りに落ちた。元々寝ぼけていただけらしい。
こんな風にマナが謝罪を繰り返して魘されることはよくある。
彼女が自分に対して感じる罪悪感が、時たまこうして悪夢になって彼女を苦しめるらしい。
大事に思うのと同じだけ、こうして魘される彼女に満足している自分がいる。
こうやって罪悪感にがんじがらめにされればされるだけ、彼女が自分の方を向いてくれる。
マナが罪悪感を抱える過去のことなどレイにとってはどうでも良かった。マナが自分と居てくれる理由。それだけが必要なのだから。
形の良い額に軽く口づけを落とすと、レイは立ち上がって音を立てずに部屋を出て自室に戻った。
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