Monday, December 22, 2008

愛とはかくも難しきことかな16

 今、なんて言いました?
 一瞬何といわれたのか分からず、それからようやく彼の言った意味が分かると、かっと頭に血が上った。
「わたしが、押し倒されているの、見ましたよね」
 震える声でそう言うと、彼は頷く。
「うん」
「抵抗してたのも見ましたよね」
「いや。一也にもたれながら、相二の首に腕を回していたように見えた」
 指先が、つ、と下に降りる。
 胸元をつん、とつかれる。
「赤い跡がいっぱい付いているけど、本当に抵抗してたんだったら、こんなものつかないんじゃないの?」
「わ、わたしが、わたしが悪いって、思ってるんですか?」
「思いたくはないけどね」
 そう言った彼の頬を力のまま、怒りにまかせてひっぱたいた。
 大きな渇いた音がした。でも克己さんは微動だにしない。まるで痛くも痒くもないように立っている。
「に、似合ってもいない、こんな、胸元が大きく開いたドレスを、無理矢理着せたの、貴方じゃないですか」
 じんじんと痛む手で、ぎゅっとドレスのスカートの部分を握り締めた。口を開くと唇が、わななく。目の奥が痛かった。
「家に帰りたいって言ったわたしを、この部屋に来させたの、貴方じゃないですか」
 ぽろぽろと堪えていた涙が出て来たが、それが悲しい涙なのか悔しい涙なのかはもう分からなかった。
「そんなに、わたしが嫌いですか」
 抑えてきたものが一斉にあふれ出したかのように、言葉が止まらない。
「わたし、御堂の父に言いました。御堂の家に入りたくないって。高校の間だけ、お金のことだけ助けて頂いたら、働きに出て絶対に返しますから、一人で暮らさせて下さいって。御堂の4兄弟には歓迎されてないからって」
 イヤリングを耳から取って、ネックレスも外した。きらきらとダイヤモンドが部屋の照明に反射して輝く。
「なのに、貴方達じゃないですか。御堂の家に入るのならお金持ち学校に入れ。パーティに行くなって言いつつ、勝手にドレスまで買って。その上わたしからファーストキスを奪うだけじゃ物足りなくて、人を傷物にしようとしたり!」
 力いっぱい手の中の物を投げつけると、輝きを増して克巳さんに当たったあとは床に落ちてころりと転がった。長いネックレスは彼が咄嗟に受け止めた。
「こんなものが、欲しいから御堂の父に連絡取ったんじゃないんですよ!奇麗な服も、大きな家も、たくさんのお金も、みんなみんないらないんですよ!わたしは、わたしはただ………」
 
 ただ暖かく迎えて欲しかっただけなのに。

 少しくらいは夢を見た。
 御堂の父のような人物が迎えにきて、兄がいるんだよと言われて、仲良くなれるといいなと思った。仕方ないじゃないか。一人っ子で、その上親も居なくて。ずっと祖母と二人きりだったから、どんな人が兄になるんだろうと思ったって、仕方ないじゃないか。
 なのに顔を合わせたその場で、あっさりとその幻想を砕かれた。
 それからはちゃんと諦めた。全部。頑張って甘くない現実を理解したのに。
 なのに黙って辛く当たられるのを耐えているだけでは駄目なのか。

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