Monday, May 4, 2009

愛とはかくも難しきことかな 閑話4

 時は遡ること3代前の御堂の当主、克巳の曾祖父の時代。
 厳格で知られていた彼にも一つだけ誰にも知られてはいけない秘密があった。
 それは女中の渡辺珠子と関係があったことだ。政略結婚の末に嫁いで来た嫁に文句はなかったが、若々しく純粋だった10歳年下の珠子に彼はどんどん嵌って行った。そして、珠子も皆が敬う当主に愛され愛人として隠れた関係を築いていても幸せだった。
 その末にできた一子。戦乱の最中だったのを良いことに恋人とは生き別れたと誤摩化し、珠子は可愛い女の子を生んだ。
 それが萌の祖母の明代だった。
 戦争で恋人と生き別れたと嘘をついた珠子に周りは同情的だった。珠子は娘を育てながら住み込み女中として働くことを許され、明代も同じように御堂家で母を助けながらすくすくと育った。
 男兄弟にばかり恵まれた御堂家で明代は皆の娘のように妹のように可愛がられた。勿論、御堂の当主にとっては本当の娘だったためにその可愛がりようは群を抜いたのもので、周りがいぶかしがるほどだった。
 明代が14の年に、当主に孫ができた。
 珠子は御堂の家を仕切る女中頭になり、明代はまだまだ若かったが病気がちだった若奥様の手伝いを仰せつかり当主の孫の目付役になった。
 この孫が今の御堂の当主である、御堂秀美である。

「つまり、萌ちゃんは僕たちの親族、大体またいとこ当たりにあたると?」
「うん。そうなんだ。あのDNA鑑定は、実際は僕の祖父と明代さんのものだ」
 父は革張りのオフィスチェアに深く腰掛け、さきほどのフォルダの中から古びた手紙を一枚出した。
「祖父は死ぬときに、父に秘密裏に遺言書を残した。渡辺の母子のために」
「それまで誰も二人の関係に気づかなかったんですか?」
「多分、祖母は気づいていたんだと思う。僕はあまり詳しく覚えていないけれど、祖父が死んですぐに彼女達は御堂の家から解雇されている。父は僕を連れて彼女達の長屋を時々訪ねて様子を見たり金銭面の援助を申し出たりした。特に母子で身よりのいないのは、当時はあまり良い目で見られなかったから」
「父さん達はえらく彼女達に好意的だったんですね」
「うーん。確かに祖父の妾とその娘、というのは御堂の汚点だとは思ったけど、僕の父は元々妹のように明代さんのことを可愛がっていたわけだしね。僕はしがらみを知らなかった頃はただたんに一緒に遊んでくれるお姉さんくらいの印象しかなかったし」
 軽く笑っていう父は本当にそう思っているのか、当時を思い返して懐かしそうな目をした。
「明代さんはしっかりした人でね、祖父を亡くし御堂に居場所を無くして消沈していた珠子さんを支えながら頑張っていたよ。なのに悪い男に引っかかって、珠子さんみたいに片親の母になってしまって…」

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