Sunday, November 23, 2008

愛とはかくも難しきことかな04


 次に目が覚めたのは、最近ようやっと見慣れた自分の部屋だった。
 木の年輪を確かめられるような板の天井をぼぅっと見上げていると、ふと顔に影が挿した。
「…大丈夫かい?」
「か、克巳さん?」
 突然顔が見えたので驚いて、慌てて身体を起こそうとすると、軽く肩口を押されて止められた。
「熱が高いから寝ておいで」
 にっこり笑いかけられて、戸惑いながら枕に頭を戻した。
 腕に点滴を打たれている。倒れた後に病院にでも連れていかれたのかと思ったけれど、いつのまにか家に帰ってきているようだ。家に医者を呼ぶことなんて出来るんだな。そんなどうでもいいことを考えていたら、額の上にあった氷のうがずれて顔の横に落ちた。
 それに気づいた克巳さんが直してくれたので、どうして彼がここにいるのかと疑問に思い見つめた。何か用事なのかと思ったけれど、にこにことしたまま一向に口を開くようには見えない。本当に何しに来たんだろう。
 双子は陰険だし、次男は冷徹だが、この人は一番年上で大人なこともあって、好意的に接してくれる唯一の人だ。まぁ、見かけだけはという意味だけれど。
 一番腹の内が見えないのはこの人ではないだろうか。
 大人なだけあって相続問題とか色々考えるだろうし、自分のような妾腹は歓迎なんかできないと思って当然だ。もしかすると優しくしておいて、こちらを油断させた後追い出すつもりではなかろうか。
「あの…」
「ん?」
「何か御用だったんじゃ…?」
 とりあえず部屋に二人きりというのも気まずいので、さっさと用件を言って出ていってもらおうと問うと、彼は首を傾げた。
「ただお見舞いに来ただけだよ」
 そういうと、水でも飲む?と害の無さそうな笑みを浮かべた。
 あたしは引きつりそうな笑顔でありがとうございます、とだけ返した。
 それからまた沈黙が降りる。
 克巳さんははだけていた布団をあたしの肩口まで掛け直したり、額にのっていた氷のうの位置を直したり、タオルで顔をふいてくれたり、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。やることがなくなった後は、静かに頭を撫でてくれる。
 なんだろう。
 一体何をしたいんだろう。この人。まさか本気でお見舞いに来たわけではないだろうし。
 嬉しく思うよりも、この先何が待ち受けているのかが恐ろしくて、全く気が休まらない。
「克巳兄さん」
 すっと襖が開いて、優成さんが入ってきた。
「やっぱりここか」
「やぁ、優成もお見舞いかい?」
「伝言を届けに来ただけだ。父さんが兄さんを呼んでいる」
「あぁ、そういえば用事を頼まれていたのを思い出した。じゃぁ、後でまた来るよ、萌ちゃん」
 出来ればもう来ないで下さいという思いを飲み込んで、見舞いのお礼を言うと彼は飄々と部屋を出ていった。
 克巳さんが部屋を出たのを見送ってから、はぁぁと大きくため息をついた。ついてから、はっとする。部屋の中にはまだ優成さんが居たのだった。
 長兄に続いて出て行くと思っていたのに、何故かまだ戸口にたたずんでいる。
「あの、何か……」
「何故、弟と買い物に行った?」
「買い物?」
 そういえば、相二さんに連れだされた覚えがある。
 しかしあれは買い物ではないような気がするけれど。着せ替えごっこはさせられたけれど、別に買ってはいなかったし。
「とぼけてるのか?10枚もドレスを買わせておいて」
「10枚?!」
「仮病なんか使うほど、俺と買い物に行くのがそんなに嫌だったのか」
「は?あの、ちが……」
 否定しようとしたところで、やっとこれが相二さんの考えていたことなんだと気づく。
 なんで突然わざわざ外に連れ出されたのかと思えば、何のことはない。こんな風に誤解させるためだったのか。きっとあの試着したドレスを買った領収書を父親に見せて、何て金遣いの荒い娘なんだとでも言うつもりだろう。
「なんて陰険なんだ」
 そうだ。なんっっって陰険なんだ。
と、拳を握って同意をしたところで、それが相二ではなく自分を指して言われた言葉だと気づいたときには時すでに遅し。
「もういい、せっかく優しくしてやったのに」
 いや。あなたに優しくされた覚えはないですが。もしかすると、買い物に付き合ってくれることが優しいということなのか。あんな嫌そうにされても逆に辛いだけだったんですが。
 スパーンと音を立てて襖が閉まって、優成さんは部屋を出て行った。
 しん、と静まりかえった部屋の中で、一人きりになると途端に気が抜ける。
 布団を引き寄せて包まると、何も考えずに済むように目を閉じた。



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