Monday, November 24, 2008

愛とはかくも難しきことかな05

月曜日、少しだるい身体に鞭打って、学校に行く準備をした。
朝クローゼットの中に真新しいカバーのかかったドレスらしき物が見えたが、あえて見ぬ振りをした。誰かが勝手に入れたのだろう。
朝食の席には優成さんは居なかった。大学生の彼は大抵朝食には現れないのだけれど、今朝はとくに会いたくなかったので内心喜んだ。
「まぁまぁ、大丈夫ですか?お熱は計られました?」
テーブルの用意をしていたトメさんに驚かれたが、大丈夫だと笑うと若い人は元気ですねぇとお弁当の用意をしてくれた。てっきり休むと思われていたらしい。
「大丈夫じゃねーだろ、まだ顔が赤いぞ」
テーブルに着くと珍しく双子に心配されたが、そんな槍でも振りそうな行為に逆に背筋に悪寒を感じた。もちろん最近上手くなった作り笑顔で誤摩化したけれど。
そうだ。
そもそも、あたしは怒っていた筈なのだ。優成さんに誤解されたのもそもそも双子の片割れのせいではないか。
理不尽さを感じるが、本人には文句を言えない。言ったところで事態が好転するわけでもなし。なんだか最近諦めが良くなったような気がする。
そんなこんなで何もなかったように朝食を咀嚼した。
「ごちそうさまでした」
「はい、お弁当ですよ。体調がまだ良くないんだったら連絡いれてくださいね。迎えをやりますから」
「いえ、大丈夫ですよ」
学校の保健室で寝させてもらうほうが、家にいるよりも気が休まるし。
というよりも、今日は朝から保健室登校にしよう。そうしよう。



「というわけなので、今日1日よろしくお願いします」
「なにが、というわけだ、馬鹿」
保健室についたところで保険医に怒鳴られた。
「おーまーえーなぁ!家で寝てられないくらい扱いがひどいのか?」
「いいえ、別に。今日は別件で家に居ずらいだけです」
渡された体温計で一応熱を計る。今朝は37度過ぎと微熱だったが、何だかまた身体がだるくなってきていた。
保険医である宮内は今のところ自分が唯一素で居られる人物である。
引き取られてからは、故郷の町を遠く離れた関東の私学にいれられてしまって、前の庶民生活とはかけ離れてしまった。周りの良家のご子息息女の皆さんの話す話題といえば、やたら金のかかるご趣味かお家柄自慢の話ばかりである。
宮内は学校になかなか慣れない萌を唯一理解してくれた先生だ。というのも初日から保健室登校ぎみだった萌を心配してくれて、事情を聞いて同情してくれた結果だ。宮内も庶民生まれの庶民育ちらしく、初めてこの学校に赴任したときは戸惑ったらしい。なので、二人の間には何となく仲間意識のようなものができていた。
ぴぴぴっと胸元で鳴った体温計を取り出してみると、38度近くあった。また熱がぶり返して来ているようだ。
「ばっか。お前、こんな熱で学校来てるんじゃないよ」
体温計を見せるやいなや、首根っこを掴まれてベッドに押し付けられた。
「だって……、家には」
ブレザーと靴を脱いでブランケットに潜り込むと、宮内は眉をしかめた。
「なんだ、また兄貴共に意地悪されてんのか?」
「ん、違う……こともないけど、今回は誤解半分………」
「相手が誤解してんのか?」
「うん……」
ふぅ、とため息をついて目を閉じた。
考えると考えるほど、どうして自分がこんなに気を揉まなければいけないのか、理不尽さを多少感じたけれど、あれかな。やっぱり妾腹とか言われたのを心の底で気にしているのかな。怒る気がない、わけではないけれど、怒る勇気が湧かないのだ。
「お前さ、俺が話聞いてやるから、あんま腹に物溜め込むなよ」
「宮内………」
「先生を付けろ、先生を」
「宮っち」
「コノヤロ」
こめかみをグリグリされたのは痛かったけれど、少しだけ心が温かくなった。
くすくす笑うと、宮内もふっと笑い出した。
「ありがと、宮内……センセ」
「おぅ」
「あたし、宮内の家の娘になりたかったな」
「おりゃぁまだ独身だ!って言った傍から、先生を抜かしやがって」
「宮内パパ」
「馬鹿なこと言ってないで、寝てろ。病人」
「はーい」
目を閉じるとすぐに混濁した意識が眠りという闇の中に沈んでいった。


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