女の人生の中で一番大切な物ってなんだろう。
恋すること?美しくなること?幸せな結婚をすること?
それとも最近の女性なら仕事で成功することと答えるだろうか?
私には自分だけの確固たる信念に基づいた幸せの概念がある。
そして、それは他人と似通っているようで相容れない、道徳に外れたどこか間違ったものであるのも理解している。
それでも私はその"幸せ"を手に入れた。
努力と歳月をかけてやっと叶えた。
だけど、最近、分からなくなることがたまにある。
自分がしているのは、一体何なんだろうか、と。
最初に信念だと思っていたものが、今になって、自分のしていることへの言い訳にしか聞こえない。
一体、どこで間違ってしまったのだろうか。
あの頃の、焦がれるような情熱は、どこへ消えてしまったのだろう。
いや情熱はある。
今も変わらず。
でも、苦しい。
罪の重さに、私はいつか負けてしまうだろうか。
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朝6時。アラームの音で目を覚まし、シャワーを浴び、キッチンに立つ。
昨晩セットしておいた炊飯器から炊きたての白米を弁当箱につめる。その後仕込んでおいたおかずを調理していき出来上がった順番にまた弁当箱のスペースを埋めて行く。
最後にソーセージと卵を焼き、簡単に作ったサラダをそえた皿に移し、同じタイミングで出来上がったトーストにバターを塗り一緒に乗せた。
廊下からスリッパを引きずる足音が聞こえた頃、ダイニングのセットも完了していた。
「おはよう、マナ」
声変わりを向かえたばかりの掠れた声が、背中に響く。
変わらない、幸せの風景。
「おはよう」
振り向く前に、腰あたりにまだ細く成長途中の腕がまわされた。
いつのまにか追いつかれた身長。目線の高さはほとんど一緒。
頬に落とされる口づけも、もう背伸びを必要としないだろう。
いつまで続いてくれるのだろうか。
この偽りの時間。
私には一人息子がいる。
今年中学1年になった彼はレイという。27の自分の息子というにはムリがあるので世間体では弟扱いになっている。
しかし戸籍にはきちんと自分の子として登録してある。
成人してすぐに養子にしたのだ。
「マナ、今日は遅い?」
「あー…、うん、多分」
ちらりと仰ぎ見たデジタル時計は、日付のとなりにTueと曜日を映し出している。
火曜は、毎週マナがいつもより遅く残業して帰る日だ。
「そっか。俺今日は部活がないから早く帰るんだけどな」
残念そうに言うレイにマナは申し訳無さそうな表情を浮かべるのを見て、彼は慌てて笑みを作る。
「いいんだ、別に、夕飯なら友達と食べに行くから気にしないで」
「そう…ごめんね、なるべく早く帰るようにするから」
「本当に気にしなくていいから。養ってもらってる身で我が侭なんか言えないよ」
首をすくめながら冗談めかしたレイに、マナはぱっと表情を強張らせた。
「養ってるとか、そういう負い目は—」
「うん、分かってる」
硬い声で口を開く彼女の手をぎゅっと握ってレイは言った。
「分かってるから。ね、マナ」
優しい声で、彼女を諭すように語りかける。
「俺はあなたの息子だから」
愛しさを込めた眼差しでマナの視線を受け止める。
「だからマナが俺の面倒見てくれるのは当たり前のことなんでしょ」
「うん」
「俺はね、マナがこれからもずっと一緒に居てくれるのなら、1日くらい離ればなれになるのは構わないんだからね」
「うん」
「だから、一生俺を捨てないでね」
「うん」
「ずっと二人で居ようね」
「うん」
いつのまにかマナの手よりも大きくなったレイの掌が頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「俺はマナが大好きだよ」
「うん、私も大好き。レイちゃんが一番大切。レイちゃんをこの世界で一番愛してる」
「俺もだよ。マナだけいればいい」
ずっと昔から変わらないやり取り。
毎日続く、まるで呪詛のような言葉の羅列。
—レイちゃん、愛してる。
—マナだけがいればいい。
まるで催眠術にかかるように、頭の中がそれだけで埋め尽くされる。
そう。レイちゃんの居るこの世界に意味がある。
そのことを確認しながら、マナはほっと息を吐いた。
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