Saturday, May 30, 2009

愛とはかくも難しきことかな36

 とりあえず連絡だけは腹を括ってすることにした。
 少し冷めた頭で考えてみればお金も全部払ってもらっていたんだし、いくら酷い人達でも悪戯に逃げ出すだけではただ混乱させるだけだ。祖母の形見とかも御堂家にあるし、いつかは向き合わなければいけない日もくるかはしれないし。
 でも話して分かり合える相手なのかな。
 御堂の兄弟は皆どこか違う国の住人なのかと思えるくらい理解できないけど、御堂の父もそうなのかな。初めて会ったときはそうもおかしいと思えなかったけど、能あるタカは爪を隠すみたいな。ちょっと違うか。
 
 なんてつらつらと考えて現実逃避を試みたけど、宮内の無言のプレッシャーに逃避はできなかった。
 仕方なく、よしっ、と気合いを入れて番号をダイアルする。
 どきどきしながらコール音を待っていると、1、2回鳴ったくらいですぐに相手が出た。
『もしもし?御堂でございます』
「………っ」
 予想していなかったトメさんの声に、電話口で咄嗟に声を潜めてしまった。
 大体夜の8時過ぎには家に帰ってしまうのに。
 どうしよう。何て言おう。御堂の父に代わって下さい?あぁ、でも掛けてしまうとやっぱりいざとなったら何を言えば良いのか分からない。
『もしもし?……』
 沈黙していると訝しげなトメさんの声の後、突然電話の向こうでゴソゴソと動く音が聞こえ、誰か違う人が電話口に出た。
『萌?』
 優成さんの声がした。
『萌だろう?今何処に居るんだ?』
「優成さん……」
『良かった、無事だったんだな』
 御堂の父でも克巳さんでも双子でもなかったから、言葉がするりと出た。
「わたし、もう御堂の家には帰りません」
『萌、ちょっと待て。出ていった方が良いって言ったのはお前のためを思ってだったけど、こんな風に』
「違うんです。優成さんのせいじゃないんです。私、もう無理です。御堂みたいな家でやってくのは」
『萌、とりあえず一旦こっちに帰ってきて話そう。もう遅いし、みんな心配してるし。迎えをやるから、な?』
「嫌です。帰りたくないです。嫌です……」
『萌…あ、兄さんっ』
 嫌だ嫌だと繰り返し言っていると、優成さんの慌てるような声と電話口の人の気配が入れ替わる。
『萌ちゃん?』
 克巳さんの声にびくりと身体が震えた。
『どこに居るの?』
 彼の声は怒っていた。双子を殴った時のように、声は荒くないのに含まれた怒りに萎縮してしまうような、そんな声だった。彼が自分に向かって怒っているのは初めてだった。
『言えないのなら、捜索願を出すよ。うちの家が本気になったら、人一人探し当てるのはそんなに難しくないんだよ。大事になる前に帰ってきた方が良いよ』
 ——兄さん、そんな言い方は……、と克巳さんの後ろで優成さんの嗜める声がする。
『未成年がこんな時間に外に居るのが駄目なことは萌ちゃんも知ってるよね。危ない事件に巻き込まれる前に一度戻っておいで』
「だって、戻ったら、克巳さんたち、また虐める」
『僕が君を虐めたことがある?』
「いつも意地悪く笑っていたじゃない、嘘つき!」
『萌ちゃん…』
「私、御堂の家の道具になんてなりませんから!婚約なんて絶対しませんから!」
『婚約?もしかして、あの話聞いてた……』
「御堂の家なんて大嫌い!克巳さんの馬鹿!ふぇ、うぁああん!」
 途中泣き出してしまった自分の手元から宮内が携帯電話を取り上げ、彼の耳にあてた。
「すみません、洀英学院で養護教諭をしている宮内と申しますけど……」
 泣き顔のまま宮内を見ると、大丈夫だとでも言うように彼は笑って電話口の向こうと話しだした。
「えぇ、今晩はうちの実家に泊めさせますから。…はい、えぇ…はい」
 テーブルに置いあったナプキンで目元と鼻を拭っていると、宮内は大体話しがついたようで、電話番号を交換して電話を切った。
「よし、とりあえず今晩はこれでお前も落ち着いて寝れるな」
「び、びやうぢ〜〜」
 せっかく奇麗にした顔はまた号泣したせいですぐにぐちゃぐちゃに戻ってしまった。

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