Wednesday, December 31, 2008

怖い人 番外 大晦日後編

「愛実っちゃーん、ごめんって」
「悪かったって。な、機嫌直せって」
 支度を終えて戻ってきた二人は、リビングで頬を膨らましたままの愛実を見て、途端に機嫌を伺う低姿勢になった。
「二人で笑い者にして」
「いや、だってさぁ」
「これからはタオル一丁の男を見たら警戒心が湧くだろ」
「それにしたって」
 確かに男のタオル姿はこれから警戒心が湧くかもしれないけれど。あんなに笑わなくたっていいじゃないか。
「まぁまぁ、良いところ連れていってあげるからさ」
 むぅ、と唇をとがらせていると、ソファに起きっぱなしにしていた愛実のジャケットを持ってきた槌谷に背を押されて、渋々出かけることにした。
 マンションの一階の自転車置き場に置いてある槌谷のバイクのところまで行ったとき、ふと南条がヘルメットを持っていることに気づく。槌谷のスペアはバイクの中に閉まってあるし、それは見慣れない柄だった。どうするんだろう、と見ているとなんと南条は傍にあったスクーターのエンジンをかけた。
「えっ」
「へへー、俺もやっと手に入れたんだ」
 驚いた愛実に、南条が自慢げに赤い可愛いスクーターを見せてくれる。
「赤カブって呼ばれてるんだけど、ちょっとレトロっぽくて可愛いよな」
「まぁ、洋平のバイクの横に並ぶと見劣りするけどな」
 跨がるスポーツタイプの槌谷のバイクに比べると、スクーター型の南条のバイクは確かに並ぶと多少絵にならないところもあるけれど。 それでも、バイクはバイクだ。カジュアルなところが、南条に似合っている気もする。
「良かったね」
 そういうと彼は嬉しそうに頷いた。
「じゃ、行こうか」
 そう言われて、槌谷の予備のメットを手渡された。何回か後ろに乗せてもらったことはあるけど、実際に二人乗りで出かけたことはない。遠くても近くの公園の回りを一周するくらいだったのに。
「どこに行くの?」
「いいとこ。冷えるから、このマフラーと手袋してな」
 フルフェイスではないので首元が寒いだろうと、顔の半分が隠れそうなほどのマフラーを巻かれ、渡されたライダー用の皮の手袋を手に付けた。
 闇が落ちた大晦日の夜は、確かに息が白くなるほどに寒かった。
 マンションの前までバイクを押した槌谷がまず跨がりエンジンをかけ、その後ろに愛実が乗り込んで彼女の手がちゃんと彼の腰元に回されたのを確認すると、バイクを発進させた。
 南条のスクーターのスピードに合わせているためか、ゆっくりと住宅街を抜けて行く。大通りは車が混んでいるからか、そういう道はなるべく避けて細めの道を進んだ。といっても渋滞だとしても、バイクなのですいすいと車の間を行くことができるけれど。
 数十分ほど走った後、二台のバイクが停まったのは港の倉庫などがある埠頭傍だった。何台か車も停まっていて、何人かが夜釣りにでも来ているようだった。
 見渡すと若い子のグループもいる。カップルも数組居たが、広い埠頭なので程よく距離感を保って皆それぞれの時間を楽しんでいるようだ。
「一応、穴場なんだけどな。それでもそれなりに人が居るけど」
「夜だから、人が居ないと逆に怖いぞ、こんな場所」
「それはあるかも」
 バイクを押して歩く二人についていきながら、きょろきょろと当たりを見渡す。離れて立っている街灯のせいで、視界がよくないのだけれど、二人の行く先に見知った顔ぶれを見つけた。
「おいっす」
「おぉー、来た来た!」
 槌谷の友達の中村と、他の人は見た事のあるようなないような顔ぶれだ。
「充は?」
「あいつは家で寝るって言ってた」
「はは、相変わらず寒がりだな」
「南条君、久しぶりじゃーん」
「どうもっす」
 同い年ではない人もいるらしく、どういう繋がりなんだろうと首を傾げていると、槌谷に腕を引っ張られて話の輪に入れられた。
「この子が噂の愛実っちゃん?」
「そうそう。洋平のハニーちゃん」
 どっと笑いが起こって、目を瞬かせていると、南条が気にするなという風に肩をぽんと軽く叩いた。ノリについていけないのは南条も同じらしい。そう思うと、多少ほっとした。
「ていうか今年異常に寒くないか?」
「寒い寒い、毛布持ってきた。あとカイロも。使うか?」
「一個愛実っちゃんに下さいよ」
「愛実っちゃん、こっちおいでよ。毛布入ればいいよ」
 見知らぬお姉さんにそう声をかけられ、槌谷に背を押され断るのも迷惑かとおずおずと毛布の半分を使わせて頂くことにした。
 数えると全員で10人も居るか居ないかだった。そこら中にお酒の瓶やら空き缶なんかが転がっている。警察が来るとまずいのではないかと思う愛実の心配をよそに、彼等は楽しそうに騒いでいた。
「洋平も来たし、アレやろうぜ」
「そうだな、やるか」
 中村の一声に数人が立ち上がった。
 アレ、とは何だろうと思っていると、がさごそと袋とバケツが出てきた。バケツには紐がついていて、どうも海になげこんで引き上げられるつり用のやつらしい。
 花火がいっぱい詰まった袋の中から、線香花火を取り出した中村が皆に配った。
「やっぱ最初はこれだな」
「一斉に付けるからな、初めに火を落としたやつが罰ゲームな」
 そういって輪になった皆の真ん中にろうそくが置かれる。
「せーのっ」
 かけ声で一斉に皆の線香花火に火が灯る。ぱちぱちと静かに燃え散る火花に見惚れていると、いつのまにか一人一人火が弱くなって、ぽとりぽとりと先が落ちた。
「言い出しっぺの中村のが花火が一番初めに死んだな」
「何してもらおっかなぁ〜」
 名も知らない槌谷の友達がさっそく中村に出す罰ゲームの内容を考えている。結局それは中村が海に向かって一人で歌うということに決まって、誰かが持ち寄ったギターで一人海に向かって弾き語ることになった。何を歌うべきか、というところで何故か愛実に白羽の矢が当たり、音楽の教科書にすら乗っていたポップソングの名を挙げると、彼は予想より上手く歌いきって仲間の喝采を浴びていた。
「すごいね」
「カラオケとか行くと、いつも仲間内でリクエストされるくらいだからね」
 槌谷が笑って頷く。
 いつの間にか、初対面ということも忘れて、その輪に入っていた。皆、とても友好的で人なつっこい人ばかりだったからか、馴染み易かった。あと皆多少酔っていたから、あまり何も気にしていなかったせいもあるのかもしれないけれど。
 そんな風にして数時間ほど時間が過ぎていった頃、夜空に大きな花火が舞い上がった。そう遠くない場所で、大晦日の花火大会があるらしい。ちゃんとした場所で見れば人ごみですごい混雑しているのだろうけれど、この埠頭は相変わらず、人影も少なく最初の槌谷の穴場という言葉の意味を改めて理解する。
 自分達の小さい花火はそっちのけで、愛実は新年を迎える花火に魅入った。その後ろで槌谷は中村や他の友人に「ハッピーニューイヤー」と叫びながら抱きつかれ、押しつぶされ、南条はそれを苦笑いしながら見ている。
 花火の音に混じって、汽笛の音が沖の方から聞こえてくる。除夜の鐘の代わりに、低音が鳴り渡る。きっとあちこちでこうやって人々が新年を迎え祝っているのだろう。
 今まで大晦日に出歩いたことなんてなかったし、こんな風に何かイベント事をグループで祝うこともしたことはなかったけれど、何故か 今自分がとても幸せなことに気がついた。
 お母さん。あたし、今とても楽しいよ。
「愛実っちゃんも、ハッピーニューイヤー!」
 さきほど毛布を貸してくれたお姉さんが、後ろから抱きついてきて、体勢を崩す。膝を地面に打ったのが痛かったけれど、何故か笑いがこみ上げてきて、皆と一緒に笑った。
「明けましておめでとうございます!」

 地面に引いたピクニックシートに皆で川の字になり、花火が終わるまでそれを眺めた後、一人が立ち上がって叫んだ。
「よっしゃー、甘酒飲みに行くぞー!」
「つーか初詣だろ」
「げ、絶対人が多いって」
「てゆうか腹減った、出店で何か食うべ」
 各々そう言いながら、片付けを始める。ドラム缶でできたゴミ箱が近くにあったので、花火のゴミは水を切ってそこに入れる。皆毎年やっているのか、手慣れていた。
「愛実っちゃん、疲れてない?」
「大丈夫だよ」
「初詣は人が多いけど、本当に大丈夫か?」
 槌谷と南条がバイクに跨がりながら聞いてくる。
「うん、大丈夫」
「辛くなったら言えよ」
「うん、ありがとう」
 気遣ってくれる優しさが嬉しくて、そう言って頷いた。
「甘酒って酒なんかな。飲酒になったり」
「大丈夫じゃね。あれって、未成年も飲んでいいくらいだし」
「だよなぁ」
 またまたゆっくりとバイクを運転する二人を、中村達のバイク集団は軽々と追い越していく。
「先行ってっぞー」
「また後でねー」
 手を振る彼等に愛実も振り返しながら、くすっと笑った。
「何かおかしいかー?」
 すぐ横を走っていた南条がめざとく気づいて声をかけてくる。
 風で途切れ途切れになる会話の中、大きな声で言った。
「二人とも、ありがとうー」
「なにがー?」
「連れてきてくれてありがとうー!」
 槌谷にも聞こえるように、彼の肩口で同じことを言った。すると前からピースサインが返ってきた。南条の横で大きく笑った。
「愛実ー、今年も、よろしくなー!」
「こちらこそ、よろしくねー」
 大声で夜中に喋るのはきっと近所迷惑なのかもしれないけど、新年だから許してもらえるだろう。そう言い訳して、初詣への道を3人で辿った。


注1)免許取得後1年以内は二輪の二人乗りは違反です。
注2)未成年の飲酒は法律で禁止されています。
注3)飲酒運転は二輪でも違反です。
*全員の年齢をぼかしているので、そもそも法律に違反してる内容ではないという前提です。法律違反は推奨していません。

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